「杜氏(とうじ)」伝え受け継ぐもの 和田 博温

2014年11月13日

もうずいぶん前のことです。伊佐大泉を造る大山酒造をお訪ねしました。造りの始まる直前でした。

「ちょうど良かった。きょうから杜氏さんにきてもろたのよ」と大山社長。
ご紹介いただいたのは南谷さんとおっしゃる杜氏さんだった。
「どちらからですか?」
「金峰町ごわんど」

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金峰町・・・・・・阿多杜氏さんだ。

金峰町阿多は、加世田から北へ約2キロに位置する町です。

 

 

 

 

鹿児島には杜氏の集落が二つあります。

黄麹仕込みの「一どん」の由来となった片平一が黒瀬からの杜氏として小林の蔵に出たのが明治30年代半ば。阿多の杜氏はその以前から鹿屋の蔵で杜氏をしていた「四郎」どんから始まるといいます(鹿児島県本格焼酎技術研究会編「鹿児島の本格焼酎」による)。

時の流れと変化は押しとどめがたいもの。機械化、自動化や各蔵元の自前杜氏の養成などによって昭和35年に黒瀬370人、阿多120人だった酒造技術者(杜氏・蔵子ふくむ)は、同書によると、平成11年には黒瀬50人弱、阿多5人を数えるのみとなってしまったのです。

1113kamidozonotoujiそして平成26年、阿多杜氏はいまや二人となりました。大山酒造の南谷杜氏、そして玉露を造る中村酒造場の上堂園杜氏。

 

そしてその技を受け継ぐ若い人たちが後に続いています。伊佐大泉、玉露は黒瀬よりさらに細い流れを伝える阿多杜氏の系譜にある酒なんですね。

 

 

黒瀬杜氏はいまでも現役で活躍されている方々が多くいらっしゃいます。この十数年の間に何人もの杜氏さんたちにお目にかかりました。

それでも時代の流れの中で、やがて消えゆく職能集団のことを黒瀬を訪問したときに感じたのでしたが、黒瀬と阿多の杜氏が伝えたもの、そして受け継がれるものは時代が変わろうと不変であり、そして若い後継者たちが新しい時代の焼酎産業そして文化をさらに発展させてゆくと確信しています。

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