西郷 寅太郎

2014年11月13日

私の祖父は西郷隆盛の嫡男寅太郎です。私は寅太郎の孫ということになります。祖父の寅太郎はドイツに明治17年宮内省からドイツ留学を命じられ御沙汰書を受け取ってドイツに赴きポツダムの士官学校に入学いたしました。そして明治27年に帰朝して陸軍にはいりました。留学の資金は明治天皇のお手元から出されたらしいとのことで、隆盛の賊名がとけたのが明治22年であることから考えると、隆盛の長男寅太郎に対する天皇の想い召しは極めて異例なことであったと思います。

IMG_4421

 

 

 

 

日本に帰り習志野のドイツの捕虜収容所の所長を歴任しました。習志野の収容所ではドイツ人に自由な生活を与え、その中でビールの醸造をしたり、サッカー、テニス、オーケストラなどの上演などもさせ、また捕虜たちは外出も許され周辺住民とも交流がありました。ドイツ人は日本人の肉屋にハムやマヨネーズの製法も教え、周辺住民は洗濯物を手伝い子どもたちはドイツ人からラムネをもらうなど家族同然の付き合いをしていたと聞いています。これも祖父(寅太郎)の親譲りの人間性と深い理解と裁量があったからだと思います。この父にしてこの子ありと隆盛の意思を受け継ぎ、大正8年1月1日医者の止めるのも聞かず、この年が彼らドイツ人が帰国の年になることを伝える一心で、また帰国したら祖国の再建に努力するように訓示してから亡くなりました。また祖父の明治29年の結婚式は西郷従道の目黒の別荘で行なわれ、勝海舟が主賓の席に座り、当時の出席者は松方正義・川村純義・樺山資紀・高島鞍之助・ほか薩摩の早々たるメンバーや薩摩の寅太郎の友人も参列しました。その時維新の一方の雄である主賓の勝海舟が西郷隆盛の話を饒舌に語りはじめ、薩摩の青年たちは涙を流しながら聞き、また官軍側になったメンバーもその話を辛い思いで聞き全員が涙をこらえながらの結婚式というよりは追悼式のようになったと聞いております。もしタイムスリップできるのなら祖父の結婚式に参列したかった・・・勝海舟がどんな挨拶をして頂いたのか是非聞いてみたかったと思うのであります。

ぬれぎぬを 干そうともせず 子供らが なすがままに 果てし 君かな    勝海舟

  • かごしま物語 ドラマ放送中
  • グルメ物語
  • 温泉物語
  • かごしま物語 Facebbokページ

Copyright © Kagoshima monogatari All Rights Reserved.